ところで、アダムとエバの堕落以来、歴史にわたって神様の胸に最も痛む恨として残されてきたものが何か、御存じですか。それは、天の血統を失ってしまい、兄弟権と所有権まで失ってしまった事件です。生命より貴く、愛よりも重要なものが血統です。生命と愛が合わさって創造されるものが血統です。この中で、生命がなくてもできず、愛がなくても血統は創造されません。愛、生命、血統のうち、その実が血統だということです。
神様の血統の中には、真の愛の種が入っており、真の生命の体が生きています。したがって、この血統と連結されれば、神様が理想とされた理想の人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり、さらには、神様の祖国である理想国家も出現するのです。平和理想世界王国は、このように創建されるのです。血統の重要性は、いくら強調しても足らないことを皆様も肝に銘じなければなりません。
血統がなければ、生命はもちろん、愛も離れてしまいます。血統が残ってこそ、愛した自分の伝統が残され、血統が存続してこそ、父母の息遣いが継続していくのです。言い換えれば、父母に愛の実、生命の実、喜びの実を提供する最初で最後の必要十分条件は、真の血統であることをはっきりと知らなければなりません。
ところが、生命とも取り替えられないこの血統を失ってしまったのです。真の生命と真の愛の実を結べなかったというのです。地球星を覆っている六十億の人類が、天とは何の関係もないサタンの実に転落してしまったのです。神様が農作業をして大豊作となり、秋に収穫しようとされたその園が、エデンの園でした。アダムとエバの二人の息子、娘を育て、真の愛を花咲かせ、真の生命を花咲かせ、真の血統を花咲かせたそこで、永遠の愛、永遠の生命、永遠の血統の主人と家庭、そして神様の平和理想世界王国を収穫しようとしたのが、神様の人間創造の理想だったのです。
しかしその場に現れたのは、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統でした。神様の愛と生命、そして血統が、愛の怨讐である姦夫、サタンの所有権に落ちてしまったのです。天地が真っ暗になって地獄に変わってしまい、神様までもいなくなってしまった、そのような凄絶な世界になったという事実を、人間は今まで知らずに生きてきたのです。
怨讐の血統が生命線であるかのように錯覚し、そこに命を懸けて生きていく群像が、今日の堕落の後裔となった人類の哀れな姿です。それで、この世界を地上地獄と呼ぶのです。このような悲惨な姿を見つめられる神様の胸は、どれほど痛んだことでしょうか。本来、神様はエデンの園にアダムとエバを創造されたのち、彼らを御自身の祝福のもとで結婚させ、天の所有権までも完全に伝授してあげようとしたのです。宇宙万象の所有権をアダムとエバに相続させてあげようとされたという意味です。
しかし、堕落によってこのすべてのものがサタンの手中に落ちてしまいました。愛する子女に相続させてあげるために、一生の間、汗を流して集めた財産を、一晩のうちに強盗に根こそぎ奪われてしまった父母の立場になってしまったのです。このように、サタンに血統権を奪われ、子女を失い、すべての国と世界の所有権まで差し出してしまった神様の悲しく無念な心情を知る人がいなかったというのです。したがって、血統権と所有権を再び取り戻せる道は、サタンを自然屈伏させる道しかありません。サタンを自然屈伏させる秘法とは何でしょうか。怨讐を自分の子女よりもっと愛する真の愛の力によってのみ、可能なのです。
人類の真の父と真の母を喜んで迎え、楽しむことができる一日を送り、ひと月を送り、一年、十年、あるいは一生を送ることができる、そのような時間をもてなかった神様だったのです。一年はおろか、たった一時間でもそのような人に出会えなかった神様の苦痛を、誰が慰労してさしあげられたでしょうか。数千、数万年を経てきながらも、なぜ神様と人間の間には、到底狭められない距離が生じ、父母と子女の関係も結べない悲惨な間柄になったのかを知る者がいないのです。アダム家庭で始まったカインとアベルの闘争歴史は、人類歴史をすべて戦争と葛藤の歴史にしてしまいました。小さくは人間個々人の体と心の葛藤から、大きくは国家と国家、さらには全世界が物本主義と神本主義に分かれ、対立闘争をしてきたのです。
極度の利己的個人主義は、きょうも私たちの生活を脅かしています。人類の希望であり、未来の約束である若者たちを、フリーセックスと麻薬の奴隷に転落させています。物質万能主義に陥った先進国は、自国の利益にばかり目がくらみ、一日に数万人ずつ飢えて死んでいくかわいそうな生命から顔を背けています。誰が、この数千年たったカインとアベルの歴史的な問題を解決してくれるのでしょうか。世界平和を主唱しながら出発した国連にできると思われますか。
国連は、過去六十年間を捧げて努力しましたが、いまだに世界平和ははるか遠くにあるままです。体と心のカイン•アベル関係も解決できない人間の努力だけでは不可能なことです。今や、天命を仰いで出発したアベル的平和理想王国の創建が必要なときが来ました。神様は、このようなすべての悲劇をきれいに清算してくれる一人の方を、首を長くして待ち望んできましたが、この地上にふさわしい相対と国家が現れませんでした。もしそのような人がある国に現れて、真の父母の位置にさえ立つことができていたならば、神様は夢でも現れ、ヘリコプターで太陽を運搬し、月を移してでも空中で喜びの稲光をつくり、歓喜の雷を鳴らしたかったでしょう。
このような意味で、人類歴史上初めて、失われたアダムの位置を探し立て、真の愛の主人の位置を確保し、神様から人類の真の父母として印を押されて顕現したレバレンド・ムーンが、きょう、皆様と同時代圏に生き、同じ空気を呼吸しているという事実は、奇跡の中の奇跡にほかなりません。堕落の後裔となった人類を救う横的真の父母の位置で勝利しました。その基台の上に、二〇〇一年一月十三日には、復帰摂理に責任をもってこられた縦的真の父母、すなわち神様を解放、釈放してさしあげる「神様王権即位式」を奉献し、お捧げしました。これは人類のための歴史上最高最大の祝福であり、絶対、唯一、不変、永遠の勝利であることを知らなければなりません。ついに、神様の体と心が完全に解放、釈放されるようになった、摂理史的絶対勝利だったのです。
したがって、人類は今、これほどまで執拗に苦しめられてきたサタンの偽りの血統を果敢に断ち切り、真の父母様の真の血統の根に接ぎ木されなければなりません。これ以上、野生のオリーブの木として一生を終える愚を犯してはならないということです。野生のオリーブの木では、千年生きても、野生のオリーブの種を生産するしかない悪循環が続くからです。それでは、私たちはどこにおいて野生のオリーブの木の立場から脱出する道を見出せるのでしょうか。天の真の血統をもってこられた真の父母様を通して祝福結婚を受けることが、正に真のオリーブの木に接ぎ木される恩賜です。血統を変えなければ、種を変えることができないからです。祝福は、重生、復活、永生の三段階の祝福を経るようになっています。
真の父母様から祝福結婚を受けて理想家庭を築き、罪のない純粋な真の種を受ける最善の道は、交叉結婚です。人種、文化、国境と宗教の壁を飛び越え、神様のもとの人類一家族をつくる大役事です。神様の目には、皮膚の色の違いはありません。神様の目には、国境が存在しません。神様の目には、宗教と文化の壁が見えません。これらすべてが、数万年の間、人類の偽りの父母として君臨してきた悪魔、サタンの術策にすぎないのです。
最も呪いたいと思い、夢でも会いたくない怨讐の家庭と祝福結婚を通して一つの家族になってみてください。怨讐の感情に浸っていた父母たちの血統は消え去り、新しくて強力な真の愛の血統が創造されるのです。
両家の子女が夫婦となり、互いに愛し合いながら幸福な家庭を築いて暮らすことを呪う父母がどこにいるでしょうか。いくら憎い怨讐の娘だとしても、自分の息子の愛を受ける嫁となり、水晶のようにきれいで澄んだ真の天の孫と孫娘を抱かせてくれるとき、喜びのほほえみを見せない祖父、祖母がどこにいるでしょうか。
白人と黒人、東洋と西洋、ユダヤ教とイスラーム、さらには五色人種が一つの家族になって暮らせる道は、交叉結婚の道以外に、何か方法があるでしょうか。共に暮らす人生の典型は家庭です。父母と子女は愛と尊敬で、夫婦は相互信頼と愛を基盤として、兄弟姉妹間は互いに信じて助け合いながら一つになって暮らす家庭が、正にモデル家庭だというのです。ここに、私たちが生命を懸けてでも真の父母様から祝福結婚を受け、天の伝統である理想家庭を探し立てるべき根本的な理由があるのです。
真の愛の本体であられる神様に似る最善の道が、真の愛の実践を通した真の愛の人格者、真の愛の主人になる道であり、その道だけが、私たちも真の父母になれる道だと言いました。
それでは、真の愛の生活とは、どのような生活なのでしょうか。真の愛は、公益性を帯びた無形の秩序であり、平和であり幸福の根源です。真の愛は、受けようという愛ではなく、他のために、全体のために先に与え、ために生きようという愛です。与えても、与えたという事実自体を記憶せず、絶えず与える愛です。喜んで与える愛です。母親が子女を懐に抱いてお乳を飲ませる、喜びと愛の心情です。子女が父母に孝行して喜びを感じる、そのような犠牲的な愛です。神様の人類創造は、返してもらおうという期待も条件も何もなく与える、絶対、唯一、不変、永遠の愛による創造だったのです。
真の愛は宇宙の源泉であり、宇宙の中心、宇宙の主人にしてくれる愛です。真の愛は神様の根であり、意志と力の象徴でもあります。したがって、真の愛によって結ばれれば、永遠に一緒にいてもただうれしく、宇宙はもちろん、神様までも引っ張ればついてくる愛です。堕落の後裔となった人間がつくった国境の壁、人種の壁、さらには宗教の壁までも、永遠に終息させる力をもっていることが、真の愛の価値です。
神様の真の愛の主流属性は、絶対、唯一、不変、永遠なので、誰でもこの真の愛を実践躬行するとき、神様と同居して共に楽しむようになり、同参権まで享受するようになるのです。このように、天国に入っていく絶対必要条件が、正にために生きる人生、すなわち真の愛の人生だというのです。
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