真の父母様は、「祝福家庭は、真の父母様の伝統を受け継ぎ、父母と夫婦、子女が一つになることはもちろん、自分の家庭よりも氏族と民族、国家、世界を先に考え、ために生きなければならない」と語られた。特に、祝福家庭の定着時代は、母と子女の責任時代であるため、兄弟であるカイン・アベルの一体化、母と子女の一体化、そして、真の父母様の家庭との一体化を成し遂げなければならないことを強調された。
1 統一教会で祝福を受けたというのは、血統を転換したということです。マークを一つ付けたのですが、だからといって、それですべて合格ではありません。条件的なマークです。条件的な血統、条件的な生命、条件的な愛だというのです。この条件的な血統が絶えず生き生きとして広がっていけば、サタンはもっていけません。この生命が育てば、サタンがもっていけないというのです。真の愛が連結されているので、サタンと関係がないのです。その愛と生命と血統が育っていけば、サタンはもっていけません。
しかし、この条件的なものが死んでしまったときには、誰もがもっていきます。ですから、祝福を受けたことに対して、すべてを与えられても取り替えることはできないというほど貴く思い、育んでいかなければなりません。祝福がどれほど貴いかを知らなければならないのです。
2 父母、夫婦、そして、子女が一つになる所が家庭です。その三つがなければ、家庭は成立しません。そのような家庭から、氏族、民族、国家、世界、天宙、地上天国に発展するのです。絶対父母、絶対夫婦、絶対兄弟が一つになるセンターに神様が臨在します。それが家庭の基地です。軍隊の基地と同じです。そこから氏族、民族、国家、世界、天宙、そして、地上天国と天上天国に連結されるというのです。神様の理想が成し遂げられる所が家庭基地です。
真の父母がいなければ、真の家庭はあり得ません。真の父母がいなければ、真の子女も存在し得ないからです。理想的な夫婦であれば、息子、娘をもたなければなりません。それでこそ、理想家庭を成し遂げられます。理想家庭は、三代が連結されたそのような基盤の上でつくられるのです。そうでなければ、理想家庭は成し遂げられません。
3 神様の息子、娘が祝福を受けて完成することにより、神様の愛も完成されます。それにより、神様は、父母としての愛が完成した基盤の上で、永存できるようになるのです。そのように、愛は自分から見いだせるものではありません。男性の前に絶対真理体は女性です。絶対真理の本体であられる神様の愛は、男性の前に女性がいなければ、永遠に探し出せません。その愛を完成させることはできないのです。
皆さんも、結婚しなかったならば、愛を知ることはできないでしょう。そうすれば、父母のありがたみも分からず、息子、娘のありがたみも分からず、夫のありがたみも分からないのです。愛を中心として一体圏に連結させてくれる人が夫であり、夫を愛の一体圏に連結させてくれる人が妻だというのです。
4 祝福を受けた夫婦は、祝福を受けたその日から果たすべき責任があります。その責任とは、夫婦が一つになり、家庭を形成して生きるだけではなく、二人が一つになって、民族、あるいは国家を形成しなければならないということです。祝福を受けた人が十人であれば、十人の家庭が一つになって新しい世界観のもと、一つの氏族を編成しなければなりません。新しい国家を形成しようとすれば、まず、新しい氏族を編成しなければならないのです。その氏族は、分裂した氏族ではなく、一つに統一された氏族でなければなりません。
ですから、祝福を受けた十人の目的は、互いに同じでなければならないのです。これらの家庭は、サタン世界において探して立てた少数の家庭なので、いつでもサタン世界の攻勢を受ける立場にあります。そのため、いつでも一つになって団結し、その環境を圧倒して入り込んでくる外部の力を凌駕できるように結束しなければならないのです。その力を凌駕しようとするなら、自体内で完全な統一が成し遂げられなければなりません。
そのように一つになった姿になれば、いくら外的にサタンの侵犯を受けても、十分に打ち勝つことができます。このように結集した実体を備えた所から、サタン世界の侵犯を受けない新しい氏族が形成されるのです。そのような団結した氏族を通して民族が形成され、その団結した民族を通して新しい国家が形成されるのです。
5 皆さんが祝福を受けたのは、自分たち夫婦のためではありません。夫婦のために生きる前に、氏族のために生きてこそ、夫婦として安息できる立場が成立します。また、氏族は国家のために生きてこそ、氏族が安息できる立場が成立し、国家は世界のために生きてこそ、国家が安息できる立場が成立するのです。このような観点で、祝福は、皆さん個人のためのものではないというのです。皆さん各自が、祝福は全体を代表するものであるという信念をもっていかなければなりません。そのような立場から、互いが一つになって家庭を形成するようになるとき、初めてその家庭は、世界に向かえる家庭になるのです。
もし、そのような祝福家庭が一家庭しかないというときには、その一家庭がその責任を絶対的に負わなければなりません。そのような信念のもとで歩む家庭が多ければ多いほど、すなわち、そのように歩む過程で一家庭、一家庭が残るようになれば、復帰摂理は進展するのです。ですから、同じ道を行く家庭が多いとしても、互いに頼ってばかりいるのではなく、各自が自主性をもちなさいというのです。
そのような家庭が、国家のための家庭であり、世界のための家庭です。そのような自覚のもとで歩んでいく家庭であれば、その家庭で生まれた子孫たちも、国家のために生き、世界のために生きる人になるというのです。そのようになれば、その夫は歴史的な夫になり、その妻は歴史的な妻になるでしょう。また、その子孫は、神様の復帰摂理の途上において世界を復帰するために必要な氏族になるでしょう。そのような氏族的な絆を備えた夫婦になったとすれば、彼らは新しい時代において、(氏族の)先祖の位置に登極するでしょう。
6 祝福を受けた夫婦は、自分たちの思いどおりに生きることはできません。神様の公約のために、その国の公約のために生きなければなりません。自分の相対が優れているか劣っいるかが問題ではなく、行くべき目的性が問題です。すなわち、自分たちが生きながら、子孫が行くべき正常な道をどのように築いておくかが問題です。皆さんを見ると、夫と妻が互いに「自分を愛しなさい」と言うのですが、そのような立場は間違っているというのです。そのような愛は認められません。
「自分を愛しなさい」と言う前に、まず「国家を愛し、世界を愛しなさい」と言わなければなりません。そのようにしてから、「自分を愛しなさい」と言うべきです。これが、祝福を受けた家庭として行くべき道です。これは、夫も妻もすべて同じです。「私を愛する代わりに、国を愛し、世界を愛し、天を愛しなさい」と言わなければならないのです。
7 祝福家庭は、自分の家庭より氏族をもっと愛さなければならず、民族をもっと愛さなければならず、さらには国と世界をもっと愛さなければなりません。そして、自分の親戚と祝福を受けた同僚たちを愛さなければなりません。このようにして、互いが連結された一つの家庭があるとすれば、その家庭は、いくら多くの家庭があるとしても、際立つのです。男性と女性が一つになって結合したその家庭からは、国家を愛する形、世界を愛する形、天を愛する形が表れるというのです。
このように、夫婦は一致しなければなりません。「私だけを愛してほしい」と言い、「あなたは私のものだ」など、今まで世の中の夫婦が習慣的に語ってきた言葉を、祝福家庭は語ってはいけません。ですから、妻たる人は、時間さえあればそのような夫にならないよう、精誠を尽くさなければなりません。また、夫たる人も、時間さえあればそのような妻にならないよう、精誠を尽くさなければならないのです。互いにしっかり力を合わせて助け合い、導いてあげなければなりません。その道を行くに当たって、傷心しないように、互いに勇気を与え合い、導き合う責任を一緒に背負っているのが夫婦であり、家庭だというのです。
8 私たち統一家は、現在の立場にとどまっているのではなく、発展しなければなりません。国家の運勢をもち、世界の運勢をもって生まれる子孫を残さなければなりません。結婚は、新しい民族、新しい国家を形成するために、そのようにできる人材を模索しようとしてするものです。今まで世の中の人々は、自分のために結婚すると考えました。しかし、統一教会では、民族のために、世界のために結婚するのです。私たちの家庭は、歴史路程に存在した数多くの家庭を救える救世主の家庭です。
その立場は、世の中のすべての人々のために蕩減復帰して、霊界にいる霊人たちと後代の子孫たちのために、代わりに道しるべとなり、行くべき道を開いてあげる立場だというのです。そのような救世主の立場に立つために、「私」は生きているのだと考えなければなりません。
9 今や、子女家庭の定着時代にならなければなりません。子女家庭の定着時代は、第一に、母の責任時代です。母がメシヤの責任を果たさなければなりません。
第二に、子女の責任時代ですが、カインとアベルが一体になるべき時代です。カインとアベル、兄弟が一つになり、完全に一体とならなければなりません。カインとアベルを分別するため、歴史時代に多くの犠牲を払ってきましたが、再び子女たちが争うことがあってはいけません。どの町に行ってもカインとアベルがいますが、町全体のために犠牲になり譲歩する人がアベルになり、主人になります。このようなことを知っているため、争うことができないというのです。子女の責任時代は、カインとアベルが一つにならなければならない時代です。
第三に、母とカイン、アベルが一つにならなければなりません。母の責任時代、子女の責任時代が、家庭において定着する時代なので、母と子女が一つになって、夫と父を復帰しなければなりません。母と子女が一つにならなければ、父の復帰ができません。それが絶対的に一つになるためには、母が責任を果たさなければならず、カインとアベルが一つにならなければなりません。そして、それで終わるのではありません。
第四に、真の父母の家庭との一体時代に入ります。そうして、祝福全体化時代に至るのです。
祝福家庭の家庭生活真の父母様は、「祝福家庭は、神様と真の父母様に代わって人類を愛さなければならない」と語られた。そして、祝福家庭が配偶者を神様の代身者と考えながら愛して、手本を見せなければならず、そのような生活習慣と心情が世界的に普遍化されるとき、天国が成し遂げられることを強調された。特に、真の父母様は、聖子の道理を受け継ぐことが祝福結婚の目標であるため、祝福家庭が孝子から聖子までの道を行くことを願われた。
10 神様が探し求める家庭の基準は、皆さん自身の家庭にだけ局限されたものではありません。神様が探して立てた家庭は、世界に行くことができます。国家を代表することができ、世界を代表することができ、天を代表することができる家庭をつくるために訪ねてきた歩みが、祝福の歩みなので、天の父母の家庭を通して祝福を受けなければなりません。
そして、祝福を受けたあとに、精誠を尽くす家庭として正常な道を行くとき、その息子、娘たちは、統一教会の大運をもって生まれるでしょう。その父と母がいくら愚かであったとしても、その子女たちは天の運勢をもって生まれるというのです。ですから、天の運勢をもって生まれる子孫をどのように残すのでしょうか。父母が精誠を尽くす基準によって、その内容が決定されるのです。すなわち国のため、世界と天のためにどれほど忠誠を尽くし、どれほどその心が切実で、至誠を尽くしたかによって、今後、生まれる子孫の運命が左右されるというのです。
自分の欲心をもって動いてみたところで、天はその人に同調しません。自分個人の欲望を充足させようとするときは、神様はその場に共にいらっしゃいません。世界と国家と民族のために生きる立場にいるとき、神様は必ず共にいらっしゃいます。ですから、より広く、高い愛を探して立てなければならないのが、祝福家庭の道です。
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