エリヤの代わりとして来た洗礼ヨハネ
ヤコブの家庭で、十二人の兄弟が一つになりませんでした。またレアとラケルが闘いました。レアが欲張ったために自分の召使にも四人の子供を生ませ、それを合わせた十人兄弟が北朝イスラエルになり、ラケルの子ヨセフとベニヤミンの部族を中心として南朝ユダになりました。家庭的に一つにならなかったので、民族的に分かれていくのです。
それでイエス様の時代に至って、エリヤを送り、これを一つにしなくてはいけないのです。本来はエリヤを中心として、氏族時代の時に一つにしようとしました。それで八百五十人のバアル神とアシラ神をあがめる預言者を焼き殺し、生きた神様を中心としてすべてを糾合しようとしたのですが、自分たちの預言者と神々が殺されたので、エリヤを捕まえて殺そうとしたのです。ですからエリヤが逃げて、「私を連れていってください」と願うと、神様が「バアルにひざをかがめなかった七千人を、わたしのために残しておいた」(ローマ一一.4)とおっしゃったのです。
神様の立場からすれば、カインとアベルが一つにならなければなりません。長子権復帰ができなければ、大変なことになるのです。これが氏族的に成し遂げられなかったので、イエス様の時代、国家時代において、エリヤの代わりの者として召したのが洗礼ヨハネです。
イエス様の時代において、洗礼ヨハネが失敗したのです。エリヤが洗礼ヨハネとして来たということを誰も考えられなかったのです。エリヤは九百年前に火の戦車に乗って霊界に上っていったので、火の戦車に乗って来ると思ったのですが、火の戦車も来なかったのです。
その時代において旧約聖書を信じるユダヤの民はマラキ書によって、エリヤが火の戦車に乗って来て、メシヤが来る前にすべてを準備して、行くべき道、捷径(近道)をならして、すべてを教えてくれるものと思っていました。ところがエリヤも天から降りてきていないのに、イエス様が「洗礼ヨハネがエリヤである」と語ったのです。
旧約聖書には、エリヤが来るなら火の戦車に乗って来るとあるのに、火の戦車に乗って降りてこなかったではないかというのです。それを信じるわけがありません。それで洗礼ヨハネのところに行って尋ねると、「自分はエリヤではない」と話したのです。しかし、洗礼ヨハネはヨルダン川で洗礼を与えるとき、イエス様のことを「神の小羊」と言い、聖霊が鳩のように臨んだので、間違いなくメシヤであることを知って証したのですが、よく考えるとイエス様はそのような人ではないと思えたのです。イエス様の族譜(家系)を洗礼ヨハネはすべて知っていたのです。彼の父は誰かということを知っていたのです。「そんな人がメシヤにはなれない」と否定せざるを得なかったのです。
洗礼ヨハネは、妾をもったヘロデを非難して首を切られて死にました。彼はそのように死ぬべき人ではありません。イエス様と一つになっていれば、どうして彼が死ぬでしょうか。それは蕩減法によって、そうならざるを得なかったのです。
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